待ったなしの中小企業の経理デジタル化 まずやるべきこと
経理業務のDXとは?
DXとは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略です。単なるデジタル化との違いは、デジタル技術の活用を通じて、業務プロセスだけでなく、ビジネスモデルや組織文化まで変革する点にあります。
経理DXとは、経理部門にデジタル技術を取り入れ、安定した業務運営と効率化を実現し、経営に役立つ情報を活用できる体制を整える取り組みです。本記事では、経理DXが必要とされる背景、メリット・デメリット、導入の基本と効果的な進め方を解説します。
経理デジタル化がなぜ必要なのか
経理業務は、決算書の作成や取引の仕訳、請求書の発行、領収書の整理、経費精算など、多くの作業があります。限られたスタッフでこれらを担う会社では、日常業務と月末・年度末の処理が重なり、負担が膨らみがちです。
しかし、利益に直結する部署ではないという理由から、人員を増やしてもらえなかったり、コストをかけてツールを導入してもらえなかったりすることも珍しくありません。
また、経理業務では正確性が求められます。小さな数字の違いでも後続の処理に影響する可能性があるため、確認に時間がかかり、手作業のままでは生産性を高めにくいことも課題です。
経理DXは、従来の経理業務が抱える課題を解決に導く取り組みと言えます。
(1)人手不足・人材不足への対応
経理部門はいわゆる「バックオフィス部門」「間接部門」に該当し、直接的に利益を創出する部門ではありません。
そのため、現在の深刻な人手不足の状況の中で、直接的に利益を生み出すことができる「フロントオフィス部門」「直接部門」と比べ、経理部門に十分な人員が確保されていない企業も多く、小規模な企業では経理業務とそれ以外の業務を1人の担当者が兼任しているケースもあります。
専門的な知識や十分な経験を持つ人材の確保が難しい場合、業務のノウハウが特定の従業員に集中しやすくなります。その担当者しか処理内容を把握していない状態(ブラックボックス化)は、引き継ぎや業務継続のリスクにもつながります。
そのような状況で増大する経理業務を滞りなく進めていくには、デジタル技術を活用して生産性を高める必要があると言えます。
IT・デジタル技術によって定型業務の自動化や効率化を進めれば、作業時間の削減が期待できます。そこで生まれた時間を、資金繰りの分析や経営資料の整備など、より重要な業務に充てられるようになります。
(2)インボイス制度(適格請求書等保存方式)の開始
インボイス制度(適格請求書等保存方式)も、経理DXの必要性が高まっている要因のひとつです。
2023年10月のインボイス制度開始後、仕入税額控除を受けるための事務処理負担が増加するほか、請求書の発行・受領に関わる業務の手間が増えることにより、経理部門の負担はますます大きくなっています。
インボイス制度開始に伴う経理部門の負担増加を抑えるためにも、インボイス(適格請求書)への対応をはじめとした業務のデジタル化が重要になっています。
(3)電子帳簿保存法などに対する対応
改正電子帳簿保存法への対応も、経理DXを進める背景の一つです。電子取引で授受した請求書や領収書などの取引情報は、原則として電子データのまま保存する必要があります。
例えば、メールで受け取った請求書は、印刷して保管するだけでなく、電子データを保存する運用が必要です。保存場所や管理のルールを整え、必要な情報を探しやすくしておきましょう。
電子取引データの保存と、紙の書類を読み取るスキャナ保存では要件が異なります。自社に必要な対応を確認し、法制度に沿った業務プロセスを整備することが重要です。
経理業務をDXするメリット
(1)業務効率化
デジタル化により、手作業による処理を自動化することができるため、定型業務の効率化が図れます。また、業務プロセスの改善や業務フローの最適化により、作業時間を短縮できます。
クラウド会計システムなどを利用すれば、データの自動取得や仕訳候補の提示、エラーチェック、報告書の作成支援などが可能になります。自動処理の結果を適切に確認する運用と組み合わせることで、煩雑な作業を減らし、分析などの業務に集中しやすくなります。
(2)属人化の防止
会計システムの活用に加えて、処理手順や判断基準を標準化すれば、専門性の高い経理業務も引き継ぎやすくなります。進捗や処理履歴を共有できる仕組みを整えることで、業務のブラックボックス化を防ぎ、担当者の不在や離職による混乱を抑えられます。
(3)コスト削減
DXに伴うペーパーレス化により、印刷や郵送に伴うコストや資料の保管スペースなどを節減できます。また、定型業務の自動化・効率化により、経理業務に必要な人員や時間を減らし、人的コスト、作業コスト、保管コストなどの削減ができます。システムの利用料を含めた総コストで比較し、削減効果を評価することが大切です。
(4)業務負担の軽減に伴う労働環境の改善・離職率の低下
デジタル技術の活用により非効率な作業をなくせば、長時間労働を是正することができます。
また、紙ベースのアナログ業務をデジタル化することで、帳票の作成や文書管理、郵送準備といった作業を電子データで完結することが可能になり、労働環境の改善や離職率の低減も期待できます。また、テレワークなどの柔軟な働き方に対応することが可能になるでしょう。
こうしたメリットはいずれも最終的に企業の競争力向上へつながります。
(5)セキュリティ・ガバナンスの強化
経理DXを推進しデジタル技術を活用することで、人手による作業よりも正確かつ高速な処理が可能になり、人的ミスのリスクを抑えることができます。
また、紙ベースで扱っていた各種情報をデータとして扱うことで、システムで操作履歴を記録したり、機密情報に閲覧権限を設定したりすることができます。
そのため、紙ベースのアナログな業務よりも、情報管理と内部統制の強化を図れます。
ただし、デジタル化だけで安全性が保証されるわけではないため、権限管理やバックアップなどの運用もしっかり整える必要があります。
(6)経営状況のリアルタイムな可視化
経理DXの推進により、システムが導入されれば、企業の経営状況をリアルタイムで把握できるようになります。
具体的には、債務状況、債権状況、決算報告書、財務諸表などの情報がリアルタイムで可視化できます。債権・債務の残高や入出金の状況、決算に向けた集計データなどを、一元的に確認できるようになります。情報の鮮度は、システム連携や入力・確認の頻度によって変わります。
例えば、ダッシュボード機能を持つ経理システムを導入することで、売上や利益の推移、キャッシュフローの状況などを一目で確認できます。
さらに次の段階では、蓄積したデータの品質を整えたうえで、AIを活用した予測分析へと段階的に発展させることも考えられます。
このように、経理DXは経営の可視化と迅速な意思決定を支援し、企業の持続的成長を促進する役割を果たすのです。
経理DXのデメリット
(1)導入コストがかかる
経理DXを推進する際、システムやツールの導入・整備にコスト負担が発生します。
システムやツールの導入・整備には、ソフトウエアのライセンス料、ハードウェアの購入費用、システム構築やカスタマイズの費用、従業員のトレーニング費用などが発生します。
また、継続的なメンテナンス費用も考慮する必要があります。
しかし、経理のDXが成功すれば、一方、定型業務を減らせれば、残業に伴う人件費の抑制や、スタッフを重要業務へ配置する余地が生まれます。DXにより一時的コストが増えても、トータル的に見ればコスト削減を見込めるのではないでしょうか。
ただし、DX導入の効果は業務量や運用方法によって異なるため、採用が不要になる、必ず大幅にコストが下がるとは限りません。
経理DXの導入を検討する際は、長期的な視点で費用対効果を評価することが重要です。導入によって得られる効率化や生産性向上のメリットが、コストを上回るかを十分に検討しましょう。
(2)従業員の再教育が必要になる
経理DXを成功させるためには、新たなシステムやツールを使いこなすための知識が必要不可欠です。従来の業務スキルでは対応できなくなる場合があるため、再教育が求められる可能性が高いと思われます。
新しいソフトウエアの操作方法やAIや機械学習の基本的な理解などの教育が必要になります。特に、経理DXの導入後は、データ分析などの新しいスキルが求められるようになります。従業員がこれらを学ぶ機会を設けましょう。
(3)業務フローの見直しと移行に膨大な作業が発生する
DXの導入に合わせて、既存の業務フローや承認ルールを見直す必要があります。既存システムからの移行やデジタル化に向け、情報の確認など膨大な作業が発生します。
データの移行、残高の照合、取引先情報の確認などの作業が発生するため、通常業務と並行して進められる日程と担当を決めておきましょう。
経理DXでまずやるべきこと
(1)スタッフを採用するより業務フローの見直しを
業務改善の成果を出すには、現状を正しく把握し、問題点の洗い出しが必要です。現場で作業を担当している従業員からヒアリングした内容をもとに問題を深く掘り下げ、原因を突き詰めておくのもポイントです。各業務の必要性を見直し、省ける工程を漏れなくピックアップしておくことが大事です。
(2)社内や取引先の理解を得て全社的に進める
経理DXに取り組む際は、全社的な理解を得ることが大切です。また、取引先の理解も必要です。これまでの慣れたやり方を変え、新たなシステムを構築するため、他部署や取引先の協力は不可欠です。DXを進める目的やメリットなどを、丁寧に説明するようにしましょう。
(3)導入するシステムの選定
システムを選ぶ際は、自社の課題に合った機能、既存の会計ソフトとの連携、操作のしやすさ、サポート体制を比較しましょう。サービスの紹介資料や見積書を取り寄せ、初期費用だけでなく、月額料金や追加機能の費用も確認します。
無料の相談や試用が用意されている場合は、対象範囲や条件を確かめて活用すると、導入後の運用をイメージしやすくなります。顧問税理士など外部の専門家にも相談しましょう。
(4)アウトソーシングも検討しましょう
中小企業では、自社のスタッフだけで経理DXを進めることが難しいケースもあります。その場合は、デジタル技術の活用に強い経理アウトソーシング事業者へ、業務の一部を委託する方法も検討できます。例えば、記帳代行や請求書の発行、経費精算などについて、依頼できる内容と範囲を確認しましょう。経理のプロのノウハウを活用しながら、社内の担当者が進捗と成果物を確認する体制を整えることが大切です。
委託先を選定するポイントは、同業種・同規模の企業への支援実績、担当スタッフの経験、情報管理の仕組み、対応可能な時間帯です。信頼できる事業者かを見極めるため、問い合わせの際には、追加料金が発生する条件やトラブル時の連絡方法も確認しましょう。営業窓口の説明だけでなく、契約書に業務分担や納期、責任の範囲が明記されているかを確かめることが重要です。組織内に必要な知識が残るよう、手順や判断基準の共有も取り決めておきましょう。
(5)段階的に導入する
また、DX化にITツールの導入は欠かせません。そのため、ITリテラシーが低い従業員が取り残されないための配慮も必要です。拙速を避け、一度にすべての業務へ導入するのではなく、対象を絞って段階的に利用しましょう。
また、誰もが問題なく業務を遂行できるよう、作業内容の可視化やマニュアルを作成し、スムーズに共有できるようにしておきましょう。
操作に不慣れな従業員にも配慮し、作業内容や手順を可視化したマニュアルを作成します。試行段階で課題を確認し、改善しながら適用範囲を広げることが、円滑な移行につながります。
(6)社員教育
経理担当のITリテラシーが低いと、デジタルツールを導入しても使いこなせない可能性があります。
経理部門に複数人が在籍している企業の場合、すぐに順応して使えるスタッフもいれば、PCに苦手意識があって時間がかかるスタッフもいるでしょう。
デジタル化した場合のメリットを理解させ、根気よく教育していくことが大切です。
デジタル化の目的とメリットを共有し、理解度に合わせた研修や実践の機会を設けることが大切です。導入後も質問できる窓口を明確にし、継続的に学べる環境を整えましょう。
経理DXの効果的な進め方
経理業務のDXを実現するには、以下のように戦略的かつ段階的に進めていくことが重要です。
(1)現状の把握とDXに取り組む業務の洗い出し
現状の業務プロセスやシステムを分析し、どのような課題があるかを把握します。経理DXの第一歩は、その対象業務を明確にすることです。
例えば、月次決算業務のフローを可視化することで、不必要な作業や重複したプロセスを特定できます。請求書の発行、受注や仕入れの集計作業、経費精算、給与計算、月次決算業務などが考えられます。
経理部門のすべての業務をリストアップし、各業務の内容、フロー、所要時間を詳細に記録して、課題を洗い出しましょう。
これらの業務について、無駄な作業を省きデジタル化することで、手作業による時間や労力を削減し、業務の正確性と迅速性を高められます。DXの対象業務の洗い出しをする際は、現場担当者の意見もヒアリングし、必要なシステムや改善すべきポイント、優先順位などを明確化することが重要です。
(2)ペーパーレス化・自動化の推進
帳票や証憑の保存要件を確認したうえで、紙で扱っている書類の電子化を進めます。紙で残すものと電子データで管理するものを整理し、保存や検索のルールを統一しましょう。AI-OCRによる読み取り、銀行口座との連携、アプリによるデータ取得などを組み合わせれば、入力の負担や転記ミスを減らせます。ただし、読み取り結果や連携データの確認は欠かせません。
(3) 業務を自動化・効率化するシステムの導入
次に、業務を自動化・効率化するシステムの導入を進めます。請求データの作成や入金の消込など、手作業に頼っていた処理を見直しましょう。例えば、表計算ソフトへの重複入力を減らし、請求と会計のデータを連携させることで、時間と労力の削減が期待できます。
経理部門だけでなく、販売や人事・給与など、他部門のシステムとの連携が可能なシステムを導入することが求められます。基幹システム、勤怠管理システム、顧客管理システムなどとの連携により他部門の業務とデータ共有、活用が可能となります。
これによって、企業全体の業務効率化や属人化解消を実現できるでしょう。
(4)経営状況のタイムリーな可視化
経理DXは最終的に、社内の情報を一元化し、経営者がそれらのデータを基にしてタイムリーな経営判断ができる状態になることが大切です。
さまざまなシステムに蓄積されたデータを統合し、経営状況をタイムリーに可視化できる仕組みを構築します。データ取得や集計のタイムラグを短縮すれば、経営状況をより迅速に把握できるようになります。
経営陣や各部門の責任者、現場の担当者が必要とするデータはそれぞれ異なるため、経理部門だけでなく、一定のスキルがあれば誰もが対応できるシステムにしておくことが重要です。
まとめ
売上に直接的な関連がないバックオフィス業務は、業務改善に向けた取り組みを後回しにされがちでした。しかし、DXによって経理業務の効率化を進め、省人化やコスト削減を実現すれば、余裕ができたリソースを基幹業務に振り向けることができます。
経理DXは単にツールを導入することではなく、業務の進め方と情報活用の仕組みを見直す取り組みです。自社の課題に合うシステムを選定し、必要に応じて外部サービスも活用しながら、段階的に改善を進めましょう。効率化によって生まれた余力を分析や経営支援に振り向けることが、生産性の向上と競争力の強化につながります。
経理業務のDXは、自社の生産性を向上させ競争力を強化する戦略の一つとして極めて重要と言えるでしょう。
執筆者:税理士 渕上 肇